玄関を開けると、懐かしい牛乳の香りが鼻をくすぐる。
母はまだ看護師の制服を脱ぎきっておらず、台所で小さな鍋を火にかけていた。
「おかえり、眠かったでしょう。こっちに座りなさいな」
白い湯気がゆらゆらと鍋から立ちのぼる。
同じマグカップ、あの頃と同じように二つ並んでいるのが見えた。
母はやさしい目でボクを見やり、
「あんたが帰ってくると思うと、不思議と眠くなんないのよ。
何杯でもミルク作れちゃうね」
そう言ってくしゃりと笑う母の頬に、疲労の色が見える。
細かいシワやクマが増えた気がするけれど、その笑顔はずっと変わっていない。