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囲碁を活用した世代間交流プログラムの開発と評価

学童保育に通う児童と高齢者を対象に、3ヶ月間、週1回の囲碁入門教室を実施した結果、児童は高齢者への尊敬と思いやりの心を育み、高齢者は児童との交流を通して活力を見出す傾向が見られました。


飯塚あい、倉岡正高、鈴木宏幸、小川将、村山幸子、安永正史、藤原佳典
東京都健康長寿医療センター、慶應義塾大学医学部衛生学教室

要約

本研究では、児童の学習や文化的体験の場を広げ、高齢者の健康促進に役立つ世代間交流プログラム「iGOこち」を開発し、その実施後の児童と高齢者の行動変化を評価しました。 具体的には、東京都板橋区の学童保育に通う児童と地域の高齢者を対象に、プロ棋士による週1回の囲碁入門教室を3か月間行いました。 その結果、児童の高齢者に対する尊敬や思いやりが育まれ、高齢者も児童との交流を通じて生活への活力を実感し、抑うつ症状の軽減が見られました。

緒言

少子高齢化や核家族化、地域コミュニティの希薄化が進む現代社会では、世代間交流の重要性が高まっています。 高齢者にとっては社会参加や孤立感の解消、認知機能の維持・向上などが期待され、子供にとってはコミュニケーション力や道徳性、学習意欲を高める機会になります。 本研究では、集中力や判断力、マナー教育にも効果的とされる「囲碁」を介した世代間交流プログラム「iGOこち」を開発し、その有効性を検討しました。

研究背景と先行研究

世代間交流プログラムは、高齢者の生活の質向上や認知機能の改善、児童の社会性や学習意欲の向上に寄与すると報告されています (Newman et al., 1997; Yamamoto, 2014)。 また、戦略性の高い活動は認知症予防にも効果があるとされ、Bielak et al. (2014) は囲碁のようなゲームを推奨しています。 一方で、囲碁を通じた具体的な世代間交流の研究は限られているため、本研究はその実践的な事例となる点に意義があります。

研究目的

本研究では、囲碁を活用した世代間交流プログラムの効果を以下の三つの観点から検証します。

  • 高齢者への影響:認知機能や抑うつ症状、社会的つながりの変化を評価
  • 子供への影響:コミュニケーション力や共感力、社会性の向上を検証
  • 交流の質:囲碁を通じた世代間交流がどのような相互作用を生み出すかを観察

方法

参加者

2017年7月〜9月に、東京都板橋区内の学童保育を利用する児童14名と、その近隣に住む高齢者15名を対象としました。
児童は平均年齢9.1歳、高齢者は平均年齢76.9歳で、7名が囲碁経験者でした。

プログラム内容

プロ棋士の講師による囲碁入門教室を週1回1時間、3か月間、合計12回実施しました。
会場はA小学校の図書室で、放課後の時間帯に開催。子供と高齢者がペアになり、基本ルールから始め、練習問題や個人対局、チーム戦などを組み合わせたカリキュラムを実施しました。

評価方法

世代間交流観察スケール (CIOS-E、CIOS-C): 高齢者⇔子供それぞれの行動特性を5段階で評定
認知機能:Mini-Mental State Examination (MMSE)
抑うつ症状:Geriatric Depression Scale-15 (GDS-15)
アンケート:満足度や今後の継続意向、交流への意識変化を調査
観察記録:各回の実施状況をフィールドノートで記録

結果

高齢者の認知機能と抑うつ症状

MMSEに有意な変化はなかったものの、GDS-15の平均スコアは3点→2点へ改善し、特に孤立感の強い参加者で抑うつ傾向が軽減しました。

世代間相互作用

CIOS-E、CIOS-Cともに交流の質が向上し、高齢者の積極性や子供たちの尊重意識が高まりました。

参加者の反応

高齢者からは「子供との交流で元気をもらえた」、子供からは「おじいちゃん・おばあちゃんとの囲碁は楽しかった」といった肯定的な意見が多く聞かれました。

考察

囲碁は年齢や体力に関係なく楽しめるうえ、集中力や礼節、コミュニケーション力を育む効果が期待できます。 本プログラムでは、高齢者の心理的健康(抑うつ症状の軽減)と子供たちの社会性向上(尊敬や思いやりの育成)という双方のメリットが確認されました。 MMSEなど認知機能指標で顕著な変化が見られなかったのは、介入期間が短く、サンプル数も限定的であったことが要因の一つと考えられます。 今後は、より長期的かつ大規模な実践を行い、認知機能への影響を詳細に検証することが必要です。

結論と今後の課題

以上の結果から、囲碁を活用した世代間交流プログラムは、高齢者と児童双方に心理的・社会的メリットをもたらす有効な手段であると考えられます。 特に、高齢者の活力向上や児童の共感・尊敬の気持ちの涵養という点で有意義でした。
今後は、他地域や異なる年齢層への適用、さらには教育機関や福祉施設との連携を深め、大規模・長期的な研究を重ねることで、囲碁を通じた世代間交流の効果と社会実装の可能性をさらに検討する必要があります。